米澤さんの指示ゼロとタオの関係性

更新日:2021年7月8日


ブログもといオペ日記は、直近で思ったことを投稿します。

何を思ったかというと、オードリー・タン氏の著書「オードリー・タン自由への手紙」の中で、道(TAO)の事を書かれていて、その中の話と以前米澤さんに聞いた話と私の頭の中で繋がって、「ああなるほどそういうことか」と府に落ちた内容がある。 そのエピソードについてこの記事で触れたいと思う。





米澤さんといえば、自律型集団組織「指示ゼロ経営」の提唱者。ティール組織などと類似する組織のあり方。


指示ゼロ経営についてはこちら


 


 

道教の柱となる考え方は、安全な場所をつくること。


米澤さんの指示ゼロ経営のロゴマークとホームページを制作する際に、米澤さんとの打ち合わせで、時々耳にする「道(TAO)」の言葉。


米澤さんからはタオの考え方に影響を受けたことや、会社名にTAOを入れていることなど、お話をお聞きしていたものの、私がThis is TAOってはっきり掴めていなかった部分があったのだが、先日読んでいたオードリー・タン氏の本の中で、道教(TAO)の話が少し触れられていてそれを読んでピンときたのので、該当の箇所をご紹介したい。



老子の思想も影響している道教の柱となる考え方は「安全な場所」を作ることです。その場所ではさまざまに異なる価値観が混然としていて、「何が正しいか」を押しつけられることがありません。


強制のない世界ーーこれが中心となる考えです。

 

この発想があれば、いかなる多様な価値観、意見、文化であろうと、混沌を恐ることはないと考えています。

 

一つの正しさのために、他の正しさや他の文化、他の声がかき消されてしまうこともありません。


オードリー・タン 自由への手紙

強制から自由になるより一部引用

 


 

なるほど。心理的安全な場が道教の柱の考え方だとしたら、米澤さんがいつも発信している心理的安全な場と通じるな、と腑に落ちる。心理的安全の場って組織で本当に実践できている企業ってまだまだ少ないんじゃないかと私個人的には思うし、感じる。




 


フジコちゃん、忖度なく言ってねと言える人。 それが米澤晋也。


 

いや、実はこれ凄い発言だと思う。リアルな私を知っている人からいえば、ドリフの「志村後ろ!」的に危ないって分かっているパティーンの発言(知らない人に説明すると、私はデザイナーなんだけど、ニックネームがDrフジコ(ドクター)と呼ばれ、打ち合わせがオペで、質問やヒアリングを通じて鋭い質問を言う事をメスが入ると言われている。そう鋭いのだ)


米澤さんと打ち合わせを何度もしている中で(恐らく)無自覚に鋭いメス入れてしまっている事もあるのだろう(そこは他人事にしておこう)。それでも米澤さんがイラってしたり防御モードになったりする気を感じたことがない。


私、そういう人の潜在的な気というか気配をすごく感じやすいので、本音と建て前が違うなーとかそういうの見抜いてしまうんだけど、そういうのが一切ない。ALWAYSフラット。それが米澤さん。


鋭い指摘を言われると身構える経営者さんが居る中で、わざわざ「忖度なしに」と枕詞が付くって凄い事ですよ、奥さん(キャラ誰)。会社とか組織内だけでなく、外部の取り引き先や外部パートナーにも一貫して心理的安全の場を作れる。



私も言葉を選ぶし、伝えることも選びますが、そんな風に言ってくれる人はなかなかないです(だって記憶に残るくらいだもん)。



 

と、つらつらとオペ日記を書いてみました。


人が発言する言葉の背景にある文脈って、なかなか知る事ができないと思うんです。仕事を通じてヒアリングで知る事もありますが、一般的なPRや広報では削除されてしまう部分。 でも、その人の発する発言の背景にある文脈に触れられる時。 人はその人をより理解したり、尊敬したり、好きになったりすると思うんです。

表には(世には)出ないそういう文脈を私は仕事を通じてお聞きすることが多いから、そういう文脈を(お伝えできる範囲で)オペ日記で発信できればと思ってます。


 


さて、次は誰のオペ日記書こうかな〜(ニヤリ)。








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